高価なパチ高山湧いてますからご注意下さい。
コレも高品位税、なうて税と言うことで正品にご期待ください。プラス思考が大事です。
メーカーさんoem でも大卸のハンコ。
12年キャリアの見習いさんのハンコ。
梅ヶ畑籍、砥山組合管理出物。
以外ではゼロ。
排石の斜行様とかブツ入りかな?と注意深く観察すると看破出来ると思います。
銘・品目 :正本山 山城銘砥
品種 :裏善妙寺菖蒲高山天井雲巣板巣無蓮華巣板紫雲六十切大極上
最大寸法 :73 x 193 x 36 mm
おもさ :1,168g
産出地 :[旧神護寺領]山城國葛野郡 善妙寺村(裏)
[現]京都市右京区梅ケ畑菖蒲谷(高雄地区内)
原岩 :堆積岩>変成粘板岩・アジノール粘板岩
硬さ 特性:やや柔い 万能機雲仕上げ
手早く仕上がる。
平安末期、義仲上洛により平家掃討後、かえって治安の悪化の一途を辿り御所にも火の手が迫ってしまった。
善妙寺のかの本間さんが北面武士時代の上司であった遠藤盛遠(文覚上人)の命により、後白河法皇を菖蒲谷で匿った際の途と思しき砥山。
現本間邸ー山神様ー当該砥山ー菖蒲谷という最短路程かつ神護寺領の要衝になりますし、古くは貝塚があり当時は北嵯峨大覚寺領に接する善妙寺の水田地帯でした。
のちの武器生産を支えた法皇が推した御用砥石を輩出させた砥山の当該品目かもしれません。
因みに、日本三筆のうちの二筆のおはなし。
お大師さんが遣唐使から帰国後神護寺においでになり山内で、弘法も筆の誤りたる諺が生まれる訳ですが(書き損じは神護寺に現存 笑)
大覚寺を離宮とした嵯峨天皇の元へ足繁く通った話は広く知られます。
山門を擁する現平岡八幡宮から出る道で通い、平岡中所の砥山群の谷合を縫う道で現存。
大正以降は途中にマンガン礦間府が開いてます。
古代から中世にかけて砥山と山神様に紐付く偉人達の足跡をたくさん辿る事ができるのです。
嵯峨天皇とお大師さんは道の路頭のあかぴんを眺めながら日々過ごしていたと思われます。
#330mateさゞれ銘砥
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